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送信機を装着して行動範囲を調べたオジロワシのヒナ2羽=2024年6月16日、北海道釧路市、猛禽類医学研究所提供
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 北海道釧路市の釧路湿原周辺で計画した太陽光発電所の建設予定地で、国の天然記念物オジロワシの営巣が確認され、事業者は4月初め、建設中止の意向を市に示した。市教育委員会から文化財保護法に関する通告を受けて判断した。だが、近接予定地については抱卵期が終わる5月下旬以降、計画が進む可能性があり、専門家らは計画中止を求めている。

 事業者は大阪市の「日本エコロジー」で昨年、昭和と北園の2地域(計約27ヘクタール)に出力2万1千キロワットの太陽光発電を計画。昨年12月の住民説明会では予定地に「オジロワシやタンチョウの巣はなく、キタサンショウウオも生息していない」としていたが、その後、昭和地域の予定地3区画(計6・5ヘクタール)のうちの1区画(約2・5ヘクタール)にオジロワシの営巣木があることがわかった。

 今年2月の住民説明会で、事業者は「オジロワシの営巣木は区画の約5メートル外側」としたが、事業者が赤線で図示した区画の位置に誤りがあり、営巣木は区画内にあることがわかった。3月下旬には営巣木で抱卵するオジロワシが確認された。

 市教委は3月21日、文化財保護法に基づき、少なくとも5月下旬(抱卵期)までは営巣木の原則500メートル圏内での測量や現地調査は事前の文化庁長官の許可が必要と通告。事業者は4月、「建設取りやめを検討している」と文書で市に伝えた。

 だが、昭和地域の残りの2区画は営巣木から1千メートル以内にあり、うち1区画は一部が500メートル以内にかかる。ともに工事は始まっていないが、抱卵期が終われば着工する可能性がある。ただ、抱卵期が終わればヒナに影響がないわけでなはない。

 オジロワシは巣立ち後も、親が9月下旬ごろまで巣外のヒナにエサを運んで育てる。このため、ソーラーパネルの下にヒナが潜り込むと親が上空から発見できず、ヒナが餓死する可能性が高い。ヒナは警戒心が薄いため、工事現場にも近づくが、親は警戒してエサを運ばなくなり、これも餓死につながる可能性がある。

 釧路湿原周辺はヨシやスゲなどが繁茂する平坦(へいたん)な原野で、農業には不向きだが、土地が安価なうえ、少雪で日照時間も長く、太陽光発電所には適している。大半が市街化調整区域のため、建築物を建てるには都市計画法の許可が必要だが、太陽光パネルは許可が必要な特定工作物に該当しないため、許可申請などの手続きが不要だ。

 ただ野生動物にとっては釧路湿原国立公園と市街地との緩衝地帯でもある。太陽光発電所の建設が野生動物の生息に及ぼす影響は計り知れず、市は2023年7月、太陽光発電施設の設置に関するガイドラインを施行した。

 出力10キロワット以上の発電施設が対象で、希少野生動物への保全に向け、地域の有識者や専門家へ助言・指導を求めることや、近隣住民への説明会の実施などを盛り込んだ。

 市はさらにガイドラインを発展させ、条例化(許可制)をめざす。市内の市街化調整区域(1万6908ヘクタール)を「特別保全区域」に指定するなどし、希少な野生動物に重大な影響を及ぼす場合、建設を許可しないといった内容だ。違反した場合は事業者名の公表などを検討している。

 市では市環境審議会からの答申を参考に、国の特別天然記念物でもあるタンチョウや、オジロワシといったこの地域の象徴的な種を優先的に選定し、「希少種保護」の強化も図る。条例案は9月議会に提案する考えだ。

 今月9日には釧路自然保護協会や猛禽(もうきん)類医学研究所(釧路市)など6団体が大規模太陽光発電の建設中止を求めるオンライン署名6万7143筆を鶴間秀典市長に提出している。

 今回の太陽光発電施設の建設問題について、猛禽類医学研究所(釧路市)の斉藤慶輔代表(獣医師)に聞いた。

 いま営巣木では抱卵を終え、孵化したヒナを育てる時期に入っていると思われる。このつがいは約10年前から、ここで子育てを続けている。営巣木がある区画の計画は中止しても、近接の2区画で計画を進めればヒナへの影響はもとより、今後、このつがいがここで繁殖しなくなる可能性がある。

 10年以上前からヒナにGPS(全地球測位システム)送信機を取り付けてオジロワシの生息状況を調査している。昨春、このつがいから生まれたヒナ2羽の分散前の行動範囲(巣立ち後約2カ月間)を青と緑の点で記録し、その上に太陽光パネルの建設予定3区画を赤い線で囲った。

 ヒナは巣立ち後も数カ月間、親から給餌(きゅうじ)されて生活する。ただ、営巣木の周囲に太陽光パネルがあれば、この場所を安心安全な繁殖環境と見なさず、放棄する可能性が高い。実際、巣立った幼鳥が太陽光パネルの下に隠れてしまい、餌を運んできた親からしばらく発見されなかった事例も経験しており、給餌不足により餓死することも懸念される。

 昨春生まれた2羽もしばらくは営巣木から半径500メートル圏でエサをもらっていたが、成長するにつれ、1・5キロ以上先まで行動範囲は広がった。巣外での子育てが終わる秋以降なら巣の近くでもパネル敷設に着手していいのかというと、それも違う。このつがいは何もなければ来年以降もここで繁殖を続けるだろう。そのためには、最低限、営巣木の1キロ以内での建設はやめるべきだ。

 釧路市は許可制の条例を目指しているが、釧路湿原は広大で、周辺の自治体も条例をつくらなければ効果は薄い。それと太陽光発電だけの規制条例では風力発電や産廃処理施設など他の開発に対応できない面もある。

 今回はオジロワシが天然記念物だったため、文化財保護法が盾になったが、本来は種の保存法に「希少種の生息地保全」がしっかりと明文化されるべきだ。そうすれば太陽光発電以外の開発からも希少種の生息地(繁殖地のみならず餌場やねぐら、重要な渡りの経路などを含む)を守れるし、市町村単位で様々な開発に対する規制条例をつくる必要もなくなる。

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